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真田幸村から佐助への徳川家康暗殺指令、ほかの時代小説でもあった? [真田丸・真田家]

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12月18日にいよいよ最終回となるNHK大河ドラマ「真田丸」。

「真田丸」のクライマックス・大坂冬の陣は和睦となったものの、徳川家康によって大坂城は外堀を埋められ、真田丸も破却。形勢が不利となった大坂城牢人衆の真田幸村は、宿敵・徳川家康を倒す秘策を考えはじめます。

そして幸村が考えた秘策のひとつが、徳川家康暗殺でした。
「真田丸」では、豊臣政権五奉行のひとり石田三成が、真田昌幸に家康暗殺を依頼。昌幸の命を受けた忍び・出浦昌相が徳川屋敷に忍び込むものの、徳川家重臣・本多忠勝の返り討ちにあっています。

その真田昌幸の次男真田幸村は、出浦昌相の弟子である佐助に家康暗殺を命じるのです。
そして「真田丸」では、見事、佐助が家康暗殺に成功したかのように見えました。ところが、佐助が仕留めたのは徳川家康ではなく、家康の影武者。こうして、出浦昌相と同じく、弟子の佐助も家康暗殺に成功することはありませんでした。

もっとも、佐助は架空の忍者。真田幸村が実際に、徳川家康暗殺を謀ったかどうかは定かではありません。
それでも、真田幸村が家康暗殺を命じたとする歴史作品は、じつは「真田丸」だけではないのです。






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藤井隆演じた佐助のモデルは猿飛仁助?上月佐助?



「真田丸」をはじめ、多くの歴史小説、時代劇に登場する忍者の佐助。
この佐助、または猿飛佐助は実在の人物ではなかったようです。

それでは、なぜ佐助は、これほど有名になったのか。佐助が真田幸村とともに、世に広く知られるようになったのは、講談もの「立川文庫」に登場したためでした。講談ものとは、歴史書ではなく、庶民を対象とした創作。いわばエンターテイメント。そのため、実際の歴史に、多少の脚色を加えた物語となっているようです。

ただ、空想の忍者とされる佐助にも、モデルが存在したようです。
「真田丸」では藤井隆さんが演じる忍者佐助のモデルは、猿飛仁助という盗賊という説があるようです。もしくは、その仁助の子孫が佐助であるも。

その一方で、佐助は空想の忍者ではなく、実在説もあるのだとか。

佐助実在説の根拠のひとつとなっているのは、伊賀に上月佐助という忍者がいたこと。じつは、大坂夏の陣が終わった後、徳川家康は伊賀の残党狩りをさせていたといいます。徳川家康による伊賀の残党狩りは、真田の忍びが、大坂の陣で働いたことへの報復のためとも。こうしたことが、佐助実在説の根拠となっているようです。

ちなみに徳川家康は、大坂の陣後、大坂城牢人五人衆の一人・明石全登の捜索をさせたともいわれています。これは大坂の陣後、明石全登の行方がわからなくなってしまったためで、「明石狩り」とも呼ばれたようです。

徳川家康による伊賀の残党狩り、明石狩りが実際に行われたのかははっきりしません。

「風神の門」では佐助と霧隠才蔵、「真田太平記」では奥村弥五兵衛が刺客に



大坂の陣で真田の忍びが暗躍したという筋立ては、「真田丸」だけではありません。

たとえば、故司馬遼太郎さんの小説「風神の門」でも、佐助が徳川家康暗殺を図る様子が描かれています。ただ、佐助が徳川家康暗殺を図った時期は、「真田丸」とは少し異なっています。「風神の門」で佐助が徳川家康暗殺を図ったのは、大坂の陣の前。そして、徳川家康暗殺は佐助単独で計画されたのではなく、真田十勇士のひとり霧隠才蔵も一緒でした。

また、NHK時代劇「真田太平記」でも、真田の忍びが、徳川家康暗殺を図ることになっています。

真田太平記で家康暗殺に立ち上がるのは、佐助ではなく、奥村弥五兵衛という忍者でした。
奥村弥五兵衛は、徳川家康暗殺に執念を燃やし、関が原の合戦では、家康暗殺に成功したかのように見えました。ところが、奥村弥五兵衛が暗殺したのは徳川家康ではなく、家康の影武者。このあたりは、「真田丸」で佐助が家康の影武者を討ち取ったのと似通っています。

佐助の師・出浦昌相も徳川家康屋敷に潜入?



「真田丸」大坂城編では、佐助の師匠出浦昌相が、家康暗殺のため忍び込みました。
そして「真田丸」大坂の陣編では、出浦昌相の弟子佐助が、家康暗殺を謀ります。もっとも、出浦昌相や佐助のような真田家の忍びが、家康暗殺を狙ったのかどうかは、定かではありません。

ただ、家康暗殺計画はまったく根も葉もないことではなかったようです。石田三成に仕えた重臣・島左近は、主君の三成に再三、家康暗殺を建策したといいます。隆慶一郎さんの時代小説「影武者徳川家康」では、島左近の放った刺客に本物の家康が暗殺され、生き残った影武者が危機を乗り切る様子が描かれています。

徳川幕府を開いたのは徳川家康本人ではなく、影武者だった?
時代小説とはいえ、そんな疑心暗鬼にかられてしまいます。徳川家康暗殺計画は、石田三成にとっても、真田幸村にとっても、逆転ホームランのようなもの。ただ、その夢もむなしく、石田三成も、真田幸村も、歴史を変えることはできなかったのです。

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